北風と太陽
- AYAKO TAKANO
- 2024年5月11日
- 読了時間: 3分
更新日:2024年5月11日
2月から母は病院に入院しています。学校の講義が始まる前だったので、毎日、お見舞いに行けました。そこは総合病院なので、看護師さんたちはいつも大忙しです。
入院患者のお見舞いは、コロナ禍で大変厳しくなりました。お見舞いは事前予約制で、面会時間も30分以内に制限されています。
お見舞いの人は、1階の入館者受付で所定の用紙に記入し、ネックストラップ式の面会者カードを受け取り、首から提げます。そして、各自、病室があるフロアに向かうのですが、フロアに着いても勝手に病室へ行くことはできません。ナースステーションで「○○のお見舞いに来ました」と告げ、担当看護師さんが病室に案内してくださるのを待ちます。こうして、ようやく私は母と面会ができるのです。面会者は、手続きが大変ですが、母を守っていただくためでもあるので、お手間をおかけしていることを感謝しています。
さて、ナースステーションで、ガラス越しに面会者の対応をしてくださる方は、たぶん看護補助者の方だと思うのですが、「あらあら、医療従事者なのに・・・」と思うくらい、いつもお化粧をしっかりしていて、アイラインもバッチリ引いています。私は、日頃、医療系の専門学校で学生さんたちに礼節を教えていますので、気になって仕方ありません。
しかし、お化粧よりもっと気になることがありました。笑顔が全くないのです。よっぽど仕事が大変なのでしょうか。私は、いつもその険しい表情を見ると、嫌な気持ちになってしまいます。
それでも、大切な母のお見舞いなので、暗い気持ちのまま面会するわけにはいきません。担当の看護師さんを待っている間に気持ちをリセットして、笑顔で病室に向かうようにしました。
いつ訪れても、その方は暗く険しい表情をしていました。こうなると「北風と太陽」(イソップ寓話(ぐうわ))です。私は、意識して、毎回、毎回、会うたびに、明るい笑顔、和やかな表情、ていねいな所作、優しい声かけをし続けました。
すると、ある時、その人の表情が変わりました。優しい笑顔になってくださったのです。もちろん、私のことを覚えてくださったこともあるでしょうが、本当にいい笑顔になったのです。私はうれしくなりました。
お見舞いに来る人は、どんな思いを抱いているでしょうか。きっと、私と同じく「早く治ってほしい」「元気になってほしい」「なんとか励ましたい」と思っているのではないでしょうか。表情も、明るく、元気で、笑顔だと思います。なぜなら、これから大切な人を励まさなければいけないからです。
それなのに、会う直前に暗く、険しい表情を見てしまったら、気持ちが台無しになってしまいます。私が嫌な気持ちになった理由はそこでした。
しかし、今、その方は本来の笑顔を取り戻しました。明るい笑顔は、面会者に元気をくれます。優しい気持ちにしてくださいます。以来、私は大変気持ちよく面会に来られるようになりました。
笑顔で不幸な人はいません。幸せな人はみんな笑顔です。笑顔には人を幸せにする力があるのだと思います。ただし、つくり笑いはいけません。そもそも笑顔と笑いは違います。笑顔は心から生じるものです。その人の幸せを祈る心が、笑顔になって表れるのだと思います。人の幸せを祈る心がない笑顔の表情は、ただの顔のシワです。
ある日、いつものように母と面会をしていると、通りかかった看護師さんから笑顔で声をかけられました。
「ゆっくり過ごしてくださいね」
びっくりしました。面会時間は30分以内と決まっています。「面会は30分でお願いします」と言われてもおかしくない場面です。それなのに、その看護師さんはそうは言いませんでした。きっと、その看護師さんは、「たとえ30分であっても母と娘に幸せになっていただきたい」と願ったのだと思います。「幸せを祈る心は、やはり表情や言葉に表れるものなのだなあ」と思った出来事でした。

お母さまのご回復をお祈りします。